東京地方裁判所 昭和43年(ワ)5844号 判決 1969年5月28日
原告 坂田みつ
<ほか三名>
右四名訴訟代理人弁護士 秋山昭一
同 榎本武光
被告 豊国交通株式会社
右代表者代表取締役 柳原安造
右訴訟代理人弁護士 竜前弘夫
主文
1 被告は、原告坂田みつに対し金六九万一三〇〇円、原告金玉子に対し金五二万三六九五円、原告靏谷ヨシ子に対し金二万六六五〇円、原告田中キクに対し金九、九〇〇円および右金員に対する昭和四三年六月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを三分してその二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の申立
一 請求の趣旨
1 被告は、原告坂田みつに対し金一五七万一、一〇〇円、原告金玉子に対し金一四九万二、二九五円、原告靏谷ヨシ子に対し金六万六、六五〇円、原告田中キクに対し金三万九、九〇〇円および右各金員に対する昭和四三年六月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
との判決
第二当事者の主張
一 請求の原因
(一) 事故の発生
原告らは、次の交通事故(以下、本件事故という。)によってそれぞれ傷害を負った。
1 発生時 昭和四二年四月三日午後二時四五分ごろ
2 発生地 東京都中央区日本橋通り三丁目二番地先路上
3 事故車 事業用普通乗用自動車(練馬五き五〇五八号)
運転者 訴外岡清光
4 被害者 原告ら(事故車に乗客として同乗中)
5 態様 訴外岡清光は、事故車を運転して京橋方面から日本橋方面に向って進行中、交差点の対面する信号機の表示する「止まれ」の信号に従って停止していた訴外国際自動車株式会社所属の事業用普通自動車に事故車を追突させた。
(二) 被告の責任
被告は、事故車を所有してこれを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき原告らが本件事故によって蒙った損害を賠償する義務がある。
(三) 損害
1 原告坂田みつ(以下、原告坂田という。)分
原告坂田は、本件事故により頭部外傷、脳震盪症、頸椎鞭打ち症の傷害を負い、事故当日の昭和四二年四月三日東京都中央区内の救急病院において応急手当を、翌四日鶯谷医院でレントゲン検査等の診断をそれぞれ受けた後、同日から同年五月三一日まで三ノ輪病院に入院し、同病院を退院後は同年七月六日まで同病院に通院するとともに同月二八日まで右鶯谷医院にも通院してそれぞれ治療を受け、さらに同年六月末から現在に至るまで上原鍼灸マッサージ治療院および野口マッサージ院へ通院して治療を続けていたが、現在も頭重、頭痛、頸部筋痛、全身倦怠、右耳の耳鳴、右眼の涙腺異常等の症状が遺っている。そして右損害の内容は次のとおりである。
(1) 治療費等
イ、三ノ輪病院の入院通院治療費 金一九万六、七五〇円
ロ、三ノ輪病院および鶯谷医院の入通院中の諸雑費 金二万四、八〇〇円
ハ、昭和四二年一一月一六日から昭和四三年九月三〇日までのマッサージ代 金九万七、五〇〇円
ニ、同年一〇月一日以降通算六〇日分のマッサージ代 金三万円
(2) 逸失利益
原告坂田は、夫と子供一人の家庭の主婦であるが、右治療に伴い昭和四二年四月三日から少なくとも四ヵ月家事労働に従事しえなかった。そして右家事労働は一般女子労働者の平均賃金をもって評価するのが相当であるところ、総理府統計局の調査によれば女子の産業別常用労働者の賃金の平均は昭和四〇年度で一ヵ月金二万二、二七五円であるから、原告坂田の逸失利益は金八万九、一〇〇円となる。
(3) 慰謝料
前記傷害の部位・程度に鑑み、原告坂田の本件事故による精神的苦痛に対する慰謝料は金一五〇万円とするのが相当である。
(4) 自賠責保険金の受領
原告坂田は、自賠責保険から金三七万九〇五〇円の支払いを受けたので、これを前記入院治療費等、慰謝料に順次充当することとする。
2 原告金玉子(以下、原告金という。)分
原告金は、本件事故により頭部外傷、脳震盪症、頸椎鞭打ち症、前額部打撲(血腫)の傷害を負い、事故後直ちに前記救急病院で応急手当を受けた後即日三ノ輪病院に入院し、昭和四二年五月三一日同病院を退院後も同年一二月末まで同病院に通院し、それと併行して同年六月二一日から同年一二月二一日まで虎ノ門病院にも通院し、さらに昭和四三年四月から現在に至るまで同仁病院に通院してそれぞれ治療を受けたが、現在も後頭部頭重、頭痛、頸部痛、左耳の耳鳴、左手のしびれ感等の症状が遺っている。そしてその損害の内容は次の如くである。
(1) 治療費等
イ 三ノ輪病院および虎ノ門病院の治療費 金三〇万六、二七二円
ロ 右入院中の雑費 金四万一、三〇〇円
(2) 逸失利益
原告金は、夫と子供五人の家庭の主婦であるが、右治療のため本件事故後少なくとも四ヵ月は家事労働に従事しえなかったので、前記1(2)と同様にこの間金八万九、一〇〇円の得べかりし利益を喪失した。
(3) 慰謝料
原告金が本件事故によって蒙った精神的苦痛を金銭に見積るときは、同原告の前記傷害の部位・程度を考慮すると金一五〇万円が相当である。
(4) 自賠責保険金の受領
原告金は、金四四万四、三七七円の自賠責保険金を受領したから、これを1(4)と同じ順位において右損害額に充当する。
3 原告靏谷ヨシ子(以下、原告靏谷という。)分
本件事故により、原告靏谷は、前額部、左下腿挫傷の傷害を負い、昭和四二年四月四日から同月一五日まで舳松医院に通院して治療を受けた。
(1) 治療費 金七、〇五〇円
(2) 慰謝料 金八万円
(3) 自賠責保険金の受領
原告靏谷は、自賠責保険から金二万〇、四〇〇円を受領したので、右損害額に充当する。
4 原告田中キク(以下、原告田中という。)分
原告田中は、本件事故により右膝部挫傷、右上腕打撲症の傷害を負ってその治療のため昭和四二年四月四日から同月一〇日まで舳松医院に通院した。
(1) 治療費 金一、八〇〇円
(2) 慰謝料 金五万円
(3) 自賠責保険金の受領
原告田中は、自賠責保険から金一万一、九〇〇円の支払いを受けたので、これを右損害額に充当する。
(四) 結論
よって、被告に対し原告坂田は金一五七万一、一〇〇円、原告金は金一四九万二、二九五円、原告靏谷は金六万六、六五〇円原告田中は金三万九、九〇〇円および右各金員に対する訴状送達の翌日である昭和四三年六月一二日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。
二 請求原因に対する答弁
第(一)項は認める。
第(二)項中、被告が事故車を所有してこれを運行の用に供していたことは認めるが、その余は争う。
第(三)項中、原告らがその主張の部位に傷害を負ったことおよび原告らがその主張の自賠責保険金を受領しそれを損害額に充当したことは認めるが、原告らが負った傷害の程度および原告らが要した治療費(等)は不知。原告坂田、同金の逸失利益および原告らの慰謝料は争う。
第(四)項は争う。
第三証拠関係≪省略≫
理由
一 (事故の発生および被告の責任)
請求原因第一項および第二項中被告が事故車の運行供用者であることについては当事者間に争いがないから、被告は自賠法三条により原告らの本件事故による損害をそれぞれ賠償する義務がある。
二 (損害)
(一) 原告坂田分
原告坂田が本件事故によりその主張の部位に傷害を負ったことについては当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。
原告坂田は、負傷のため事故後直ちに救急病院で手当を受け翌日の昭和四二年四月四日鶯谷病院で治療を受けた後、同日から三ノ輪病院に入院し、同年五月三一日同病院を退院後も同年七月二八日まで二四回にわたり同病院に通院するとともに同年六月一日からは上原鍼灸マッサージ治療院に通って治療を続けたが、昭和四三年一〇月三日右傷害は労基法施行規則別表第二身体障害等級表第一二級九号に該当する後遺症として固定するに至った。
以上の事実が認められる。原告坂田は、三ノ輪病院退院後は鶯谷医院にも通院して治療を受けた旨主張し、甲第一号証の二にはこれに符合するかの如き記載があるが、原告坂田本人尋問の結果によれば、原告坂田は鶯谷医院には主として持病の高血圧症、腰椎症、狭心症の治療のために通院しているものであることが認められるから、右書証は採用できない。≪証拠判断省略≫
そこで次に右損害の内容について検討することにする。
1 治療費等
≪証拠省略≫によれば、原告坂田は右傷害の治療費として
イ 三ノ輪病院 金一九万六、七五〇円
ロ 上原鍼灸マッサージ治療院 金一万二、〇〇〇円
を要したことが認められる。
また、原告坂田が五八日間入院していたことは前記のとおりであり、入院中には一日金二〇〇円程度の雑費を支出することは公知の事実であるから、原告坂田は右入院中金一万一、六〇〇円の雑費を支出したことを認めることができるが、原告坂田主張のその余の入通院中の諸雑費については、これを認めるに足りる証拠がない。
なお、原告坂田は、昭和四三年一〇月一日以降のマッサージ代金三万円を主張するが、本件事故による傷害の治療のために右マッサージ代を要することを認めるに足りる証拠はないから、右主張は理由がない。
2 逸失利益について
≪証拠省略≫によれば、原告坂田は塗装業を営む夫と一八歳の勤めている子供の家庭の主婦であり、かつて外に働きに出たこともあったが、本件事故当時は前記持病のためその養生をしながら家事に専念していたことが認められるところ、前記入院中は全く右の家事労働に従事することができず、通院後も前記傷害の部位・程度から見てある程度それに従事する時間、範囲等が制限されたものと思われるが、家事に専従する主婦の逸失利益は、その家庭の個別的事情に応じて家事労働の具体的な量と質とに即してその経済的価値を測定すべきであるから、右の認定事実では原告坂田の家事労働の量と質とを適確に測定すべき方法が見出せないので、その逸失利益額の算定は不能に帰するが、この点は後記慰謝料の算定において斟酌することにする。
3 慰謝料
原告坂田の前記傷害の部位・程度、前記原告坂田が家事労働に従事しえなかったことによる逸失利益があることその他諸般の事情を考慮すると、金八五万円とするのが相当である。
4 自賠責保険金の受領
原告坂田が自賠責保険から金三七万九、〇五〇円の支払いを受けたことおよびその充当関係については当事者間に争いがないので、これを原告坂田の主張の順序で右損害額に充当して控除する。
(二) 原告金分
原告金がその主張の部位に本件事故によって傷害を受けたことは当事者間に争いないところであり、≪証拠省略≫によれば、原告金は事故当日の昭和四二年四月三日前記救急病院で右傷害の応急手当を受けたほか、その治療のため翌四日から同年五月三一日まで三ノ輪病院に入院し、退院後は同年一二月一六日まで同病院に、同年六月七日から同年一二月二一日まで虎ノ門病院(ただし、診療実日数は五日)にそれぞれ通院し、同日同病院において「昭和四三年三月三一日治癒見込みであるが、なお三ヵ月治療を続けても右傷害は労基法施行規則別表第二身体障害等級表第一四級九号に該当する後遺症として遺る見込みが多い」旨診断を受けたが、その後仕事にかまけるなどしてしばらく治療を遠ざかり、同年七月一四日になって症状悪化に伴ない同仁医院に通院をはじめ現在に至っていることが認められる。≪証拠判断省略≫
1 治療費等
≪証拠省略≫によれば、原告金は三ノ輪病院および虎ノ門病院の治療費として金三〇万六、二七二円を要したことが認められる。
また、≪証拠省略≫によると、原告金は前記五九日間にわたる入院中栄養費等の諸雑費を支出したことが認められるが、その金額についてはこれを認めるに足りる証拠がないので、前記(一)1と同じく一日金二〇〇円の割合によりこれを認めるべく、そうとすると、原告金主張の入院雑費は金一万一八〇〇円の限度で認容することができるが、その余は失当である。
2 逸失利益について
≪証拠省略≫によれば、原告金は従業員二人を使ってゴム屋を営む夫と五人の子供の家庭の主婦であって、夫の事業の手が足りないときはそれを手伝うこともあることが認められ、前記入院中は家事労働に従事することができず、また退院後も前記傷害の部位・程度に鑑みその労働能力がある程度減退したものと思われるが、前記(一)2と同様の理由からその逸失利益は慰謝料算定につき斟酌することとする。
3 慰謝料
原告金の前記傷害の部位・程度、原告金が家事労働に従事し得なかったため得べかりし利益を喪失していること、反面原告金の前記傷害の治療態度は必ずしも万全のものとはいえないこと等諸般の事情を考慮すると、原告金の本件事故による精神的苦痛に対する慰謝料は金六五万円とするのが相当である。
4 自賠責保険金の受領
原告金が自賠責保険金として金四四万四、三七七円を受領したことおよび充当関係については当事者間に争いがないので、これを原告金の主張の順序で右損害額に充当して控除することとする。
(三) 原告靏谷分
本件事件により原告靏谷がその主張の部位に傷害を負ったことについては当事者間に争いなく、≪証拠省略≫によれば、原告靏谷は右傷害の治療のため昭和四二年四月五日から同月一五日まで一一回にわたり舳松医院に通院したことが認められる。
1 治療費
原告靏谷が右治療の費用として金七、〇五〇円を要したことは、≪証拠省略≫により認めることができる。
2 慰謝料
原告靏谷の右傷害の部位・程度その他諸般の事情より見れば、同原告の慰謝料は四万円をもって相当とする。
3 自賠責保険金の受領
原告靏谷が金二万〇、四〇〇円の自賠責保険金を受領したことおよびその充当については当事者間に争いがないので、これを右損害額に充当して控除する。
(四) 原告田中分
原告田中が本件事故によってその主張の部位に傷害を負ったことは当事者間に争いがない。そして同原告が舳松医院に昭和四二年四月四日から同月一〇日までの間六回通院して治療を受けたことは≪証拠省略≫によって認められるところである。
1 治療費
≪証拠省略≫によると、原告田中は右治療に伴ない金一、八〇〇円を要した。
2 慰謝料
右傷害の部位・程度に鑑みるときは、原告田中の慰謝料は金二万円が相当である。
3 自賠責保険金の受領
原告田中が自賠責保険から金一万一、九〇〇円の支払いを受けたことおよびその充当は当事者間に争いないところであるから、これを右損害額に充当して控除することにする。
三 (結論)
よって、原告らの被告に対する本訴請求のうち、原告坂田の金六九万一、三〇〇円、原告金の金五二万三、六九五円、原告靏谷の金二万六、六五〇円、原告田中の金九、九〇〇円および右各金員に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四三年六月一二日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分はいずれも理由があるから、これを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 福永政彦 並木茂)